吉阪隆正とは?
- 1917 東京に生まれる
- 1941 早稲田大学理工学部建築学科卒業
- 1950 ル・コルビュジエのアトリエに勤務
- 1953 吉阪研究室(後にU研究室に改称)を設立
- 1959 早稲田大学教授に就任
- 1980 死去(63歳)
吉阪隆正とは、近代建築の父「ル・コルビュジエ」の弟子としても知られる、昭和期を代表する建築家である。
代表作としては「大学セミナーハウス」「江津市庁舎」などが挙げられ、コンクリートを使用した造形的な建築作品を数多く手掛けたこどでも知られている。
また、吉阪隆正が早稲田大学構内に設立したアトリエ事務所「U研究室」からは、象設計集団や内藤廣など、現在建築界の第一線で活躍する建築家たちを数多く輩出している。
今回は、日本建築界の巨匠「吉阪隆正」の代表作を4つご紹介したいと思います。
【代表作】建築家吉阪隆正の建築作品4選
1.大学セミナー・ハウス「本館」





- 住所:東京都八王子市下柚木
- 開館:1965年
- 用途:研修宿泊施設
- URL:公式ページ
大学セミナーハウスは、大学紛争が激化していた1960年代に「大学共同セミナー」などを開催する場として建設された施設群である。
「本館」「講堂」「図書館セミナー室」など、複数の棟が群れを成すように敷地内に建設されており、その大部分は吉阪隆正+U研究室が設計を担当している。
特に注目したいのが、上の写真の「本館」である。
地面に楔を打ち込んだかのような象徴的な形態が特徴的で、師匠コルビュジェに負けず劣らずの造形力を見せつけている。
本館以外の施設については、公式ページをご覧ください。
2.江津市庁舎




- 住所:島根県江津市大字郷田
- 竣工:1962年
- 用途:市役所
- URL:公式ページ
江津市庁舎は、吉阪隆正の代表作としても知られる、島根県江津市の市役所である。
建築としては、箱状のボリュームを持ち上げる「Λ型の柱」と、その柱によって生み出された「ピロティ空間」が象徴的。
当時の「橋梁技術」を援用することによって建設されたこの施設は、建設当時、技術面やデザイン面に関してかなりの注目を集めたそう。
3.ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館




- 住所:イタリア・ヴェネツィア
- 竣工:1956年
- 用途:パビリオン
- URL:参考ページ
ヴェネツィア・ビエンナーレは、イタリア・ヴェネツィアで「2年に一度」開催される、現代美術の国際美術展覧会である。
この展覧会では、各国が自前の展示館を建設し、そこに2年に一度作品を展示するという慣習があり、その「日本館」の設計を担当したのが吉阪隆正というわけである。
建築としては、「コンクリート+ピロティ」というコルビュジェ的なモダニズムを継承した構成が特徴的。
一方で、大きなコンクリートのボリュームは、細い柱ではなく「4枚の壁柱」によって持ち上げられており、これがこの建築の特異点ともなっている。
4枚の壁柱と聞くと、菊竹清訓の「スカイハウス」を連想するが、スカイハウスの竣工は1958年であり、吉阪隆正の日本館が完成した2年後だというのは、偶然なのだろうか。
4.アテネ・フランセ




- 住所:東京都千代田区神田駿河台
- 竣工:1962年
- 用途:語学学校
- URL:参考ページ
アテネ・フランセは、東京都千代田区神田駿河台に建つ、語学学校施設である。
1913に創立したアテネ・フランセは、新校舎を建設するにあたり、元在校生であった吉阪隆正を設計者として選任した。
建築としては、「階段室が入った高い塔」と「ピンク色のコンクリート壁」が象徴的な外観を作り出しており、インスタ映えスポットとしても密かに人気がある。
また、吉阪隆正はこの建築で、1962年の「日本建築学会賞」を受賞している。
吉阪隆正の関連書籍








今回はこれで以上になります。
今回ご紹介した建築は、吉阪隆正が設計した建築のほんの一部です。
そのため、今後も随時情報を更新していきたいと思っています。
気が向いたら、また本記事をご覧ください。
ではまた。
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