【建築解説】日比谷公会堂・市政会館|佐藤功一

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みなさんこんにちは、本サイト「建築LIFE」を運営しているたけです。

今回は、緑豊かな日比谷公園内に建つ「日比谷公会堂・市政会館」の歴史や建築的特徴などについて解説していきたいと思います。

1929年に建設された歴史のある建築物です。

是非最後までご覧ください。

目次

日比谷公会堂・市政会館の概要

  • 設計:佐藤功一
  • 住所:東京都千代田区日比谷公園
  • 竣工:1929年
  • 用途:公会堂・市政会館
  • URL:参考ページ

日比谷公会堂・市政会館は、公会堂と市政会館という異なる2つの機能を併設した日比谷公園南端に建つ複合施設である。

建築の設計は、早稲田大学・建築科の創始者として知られる建築家「佐藤功一」が担当。

時計塔がある道路側に「市政会館」、反対の日比谷公園側に「日比谷公会堂」が入っており、施設全体は茶褐色タイルでまとめられている。

建築全体は、垂直性の高いゴシック建築の様相を示している反面、そのディティールを見るとアールデコの特徴も散見される。

設計者:佐藤功一とは?

  • 1878年 栃木県に生まれる
  • 1903年 東京帝国大学工科大学卒業
  • 1908年 宮内省内匠寮御用掛
  • 1910年 早稲田大学に建築科開設
  • 1941年 逝去

佐藤功一は、明治・大正・昭和の3時代に渡り活躍した日本人建築家である。

早稲田大学・建築科の創始者としても知られており、日本建築界の礎を築いたことでも知られている。

代表作としては「大隈講堂」「日比谷公会堂」などが挙げられ、西洋の古典建築を引用した日本近代建築を数多く残した。

日比谷公会堂・市政会館の建築的特徴

公会堂と市政会館を併設した複合施設

日比谷公会堂【道路側】
市政会館【日比谷公園側】

本施設は、公会堂と市政会館という異なる機能をひとつの建物に併設している。

中央に背の高い時計塔を持つ道路側に「日比谷公会堂」、その裏側の日比谷公園側に「市政会館」を配置。

機能は南北で分離しているものの、建物全体を茶褐色のタイルで覆うことで、一つの建物としての一体性を作り出している。

外壁全体を覆う茶褐色タイル

日比谷公園の豊かな緑と調和する茶褐色タイル。

愛陶家であったとされる設計者・佐藤功一は、このタイル素材の選定や配置などに特にこだわりを持って設計に挑んだという。

今やこの茶褐色タイルは、日比谷公会堂・市政会館のトレードマークともなっている。

ゴシック建築を引用した垂直性の高い構成

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日比谷公会堂・市政会館は、ゴシック建築の特徴が強く現れた建築作品である。

ゴシック様式は、12世紀~15世紀ごろにかけてヨーロッパ全土で流行した建築様式であり、その最大の特徴は天に伸びるような垂直性の高い構成であった。

そして、日比谷公会堂・市政会館も中央の時計塔を中心として、かなり垂直ラインを強調した鋭い外観を呈している。

日本で最初の本格的なコンサートホール

1930年に日比谷公会堂で開催されたコンサートの様子

日比谷公会堂には、約2000人を収容できる大規模なコンサートホールが内包されている。

そして、日比谷公会堂が建設された1929年ごろ、日本にはほとんど本格的なコンサートホールが存在していなかった。

そのため、日比谷公会堂が建てられた当時は、日本に数少ない大型の文化施設としてかなり注目も集めたそう。

関東大震災の教訓を生かした建築物

日比谷公会堂・市政会館の基礎工事が始まる直前に関東大震災が発生した。
また、元々日比谷公園付近の土地は軟弱地盤であることでも知られていた。

そこで佐藤功一は、2000本以上の松材坑木を打ち込むことで、軟弱地盤にも耐える強固な建築物を作り出したのである。

この強固な構造があったからこそ、現在まで日比谷公会堂が堂々と建ち続けられたのだろう。

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今回はこれで以上になります。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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